± +α1−3
SUB TITLE  ドラッグ・レース

 出入口のドアに設置してあるベルがなる。
カラン、カラン、
「……あら、珍しい」
 開店前の店内に踏み入った白衣の女性に、スウさんは声をかけた。
「今日は非番?」
「でもない。新システムの買出しってとこ」
 女は金の髪をかき上げながら、カウンターに座る。
あきらかに服の面積より広い肌が、白衣の間から艶かしく露出する。
スウさんは淹れたてのコーヒーをカップに注ぎ、前に差し出した。
今日の衣装は国立病院のナース制服を薄っすらピンクに染め直した物。
「ごめん、まだ開店前ね」
「だから来たんでしょ?人に聞かれたくない話をしに」
「……お見通しか」
「長い付き合いですから。エクストラがここ来る時っていつも裏話なのよね」
「あんたには敵わないわ。ずいぶん歳が離れてるのにいっつもタメ口だし」
 嫌なら敬語使うわ、という返事を別に、と流して、 ララはタバコに火を点しながら切り出した。
「スウ、こっちに戻ってこない?」
「イヤ。空いてる席って総司令官だけじゃない。 エクストラやりなよ」
「…めんどい。メタル兵指令兼医者ってのが一番性に合ってる」
「私もここのマスターが気に入ってるの」
「交渉決裂か、その辺の軍人よりスウの方が使えるのになー」
 ため息をつきながら、白いカップに口をつけた。
 ピピ!
 白衣のポケットに入れていた携帯用の警報機がなる。
取り出した機械画面には城の図面と赤いマーカーが表示されていた。
表情を険しくするララに、スウさんは鍵と看板をもってカウンターを出た。
「…行こ」
「いいよ。店あんじゃん」
「エクストラの癖。テンション上がると口調が荒くなる。
 余程のこと(ムカついた時)じゃないとそうならないよね」
「大したことない…わ。ちょっと玉座を占領されているだけ」
 タバコをもみ消して、ヒールの踵を鳴らしながら店を出る女性を スウさんは追いかけた。
 降り出した雨を物ともせず、赤い車(シャ○専用?)は街道を駆け抜けていく。

 この日、ラジャリーネの入口には『臨時休業』の看板がかけられた。



 張り詰めた空気の中、ミノルは口の端を持ち上げた。
大人びた冷笑。
これが彼本来の表情なのだろう。
「…うかつでしたよ。もっと早くあなただと気づくべきでした」
 頬に汗を伝わせて、拳を強く握りしめている仰。
僅かに上がる息が、いつもの余裕の仰ちゃんでないことを知らせていた。
「このナリだし、分からないのは当然。
 それよりあんまり動かない方がいいんじゃない?
 3人連れて空間ジャンプなんて、その身体には負荷がかかり過ぎる。
 立っているのもやっとの状態でしょ?」
「裏切り物1人を相手にするには丁度いいハンデですよ。
 本当は向こうで全員足止めしておいて、首相を人質に取るつもりで?
 あいかわらずの卑怯っぷりですね」
「戦略って言ってほしいな」
 体に似つかわしくない大きな玉座の上で、ミノルという名の少年は背を反らした。
偉そうな態度にムカつきつつも、仰の影に隠れているバルは、 頭上の液体固形物に囁いた。
「アイツなんなの?てゆーかあれは君のイスじゃん。座らせていいの?」
「イスはいいけど……あの人は本当にミノルさんなのかなあ?」
「さっき自分で名乗ってたよ」
「……ミノルさんてね。ダディ(ll)の護衛だったの。
 祖先が魔族と契約した魔法使いでー、元々は城の警備隊長。
 実は何度か逢った事あるんだけど…」
「何で気づかなかったのさ?」
「だってー、ミノルさんって30後半のオヤジだったのよ!」
「ウソ!どう見たって僕よりガキじゃん(見栄?)」
「(一緒ぐらいだと思う)だから不思議なのよー!アナタだれーってカンジ!」
「…LEVはどうして分かったのかな?
 あ!そういや昨日資料を漁って来たよね!その時?」
「恐らくそうでしょうね。一応、本職ですし(公安部隊)」
 段々とボリュームの上がってる背後の会話に、仰が混じる。
国の不始末は、他国及びハンターには一切公表されない。
威信をかけて公安が一手に受け持っていた。
 会話はカストがオヤジと言った辺りから、ミノルには聞こえているらしく、 ちょっと不機嫌っぽい。
濃い肌色に、白っぽい眉を寄せている。
 拍車をかけるように、仰の傍らに立つタケヒロが日本刀に手をかけた。
だが漂う空気をガラリと別物に変え、戦闘モードに入る男に、 褐色の肌の少年は嘲笑うような声を投げた。
「フフフ、私的感情入りまくりじゃーん☆
 カナと一緒の僕が羨ましい?」
「貴様の戦略などに興味はない。だがそれに彼女を利用するなっ」
「勝手についてきたんだもーん」
 肘掛についた腕に顎を乗せたまま、 あきらかな怒気をはらんだ声の主を一瞥してから、 ミノルは瞳だけを動かし正面に飾られたステンドグラスを見遣った。
カッ、と稲光が走り水色の造型に光を当てる。
 まだ日は沈んでいない時間だが、暗雲がそれを遮っていた。
今朝までの晴天がウソの様に、街はいつの間にか暴風雨に覆われていた。
「あーあ、せっかくカストロールが即位する時期を待っていたのになぁ。
 ここは邪魔してくれた後輩に責任を取ってもらっちゃお☆」 
 無邪気に唇を綻ばせる少年の足元から、螺旋を描いて水が沸き立つ。
ミノルは体を隠した水色のベールを両腕で払いのけた。
飛び散った一部の水は水滴1つ零さず、鏡のような画面を作り出した。
少年が伸ばした手は水の画面に溶け込んでいった。

 通常ガンよりも弾数の多いマガジンを捨て、赤毛の男はリロードを行った。
タバコをくわえる余裕もなく、2丁の銃は空になる。
 穴だらけの地面に、傷一つなく立つ黒髪の女性は、 さながら争いの女神といった所か。
「スゲーなあ、こんだけ避けられたのは初めてだぜ。
 銃口の向きとオレの殺気を読み取って、撃つ前に動いてるってか?
 HAHA、さすが人間様」
 僅かな動きと仕草、それに心情を読む。
基本と言えば基本の、戦闘スキルを身につけている。
今思えば、機械式の心臓を止める個所をタケヒロが知っていたのは、 自分が無意識に庇っていたからだろう。
(どうすっかな?)
 高速で撃ち出される二つの拳銃も役に立たず、 しかも刀さえ抜いていない相手に、LEVは内心思う。
「向こうで進展があったみたいだ……カナ」
 褐色の少年は女性に許可を下ろす。
無言のまま漆黒の髪を揺らし、カナは背の日本刀を鞘から外した。
LEVはそちらに目を奪われ、ミノルの体が水に変化するのを見逃した。
溶けて液状化していく様は、彼が初めから造られた物と示していた。(コピーちゃん)
 地を這って、真横まできた液体はガラスのような滑らかな表面にツナギ姿を写した。
ガラスと違う点は、中から手が伸びてきたこと。
「うっわ!貞子!?」
 TV画面から出てきた少女を思い出させる光景に、LEVは悲鳴を上げる。
手は銀色の左腕を捕らえた、と同時に刀を屠るカナ。
一筋だけの風の刃は、いとも簡単に金属の肩を通りぬけた。
 痛覚は無いが、衝撃に肩口を押さえつけたLEVは、 軽くなった左側に絶句した。

 揺らめく水の表面から手を戻した少年は、無造作に掴んでいる物を投げた。
生々しく拳銃を握ったままの腕が、ガランと赤い絨毯の上に転がる。
「ハーイ!全員、動くな!」
「いやん、お決まりのセリフ!」
「卑怯モン!自分の手を汚さないで人質とるなっ!」
「ボクの勝手だよ」
 バルの言い分を心外そうな口調で返すミノル。
タケヒロは鋭い眼光のまま、その距離を詰めた。
「…知り合って一週間程度の奴に人質の価値はあるのか?」
「タケヒロ!待ってください!」
「消えろ」
 コートを翻し、日本刀が空を切る。
一直線に敵を目掛けた真空は、彼を守る水の壁によって遮られた。
 タケヒロは舌を打った。
「……状況を把握しろよ、暗殺者。
 それとも血を見ないと実感できない性質?カナ!」
 水鏡に呼びかけると、映像が映る。
どうやら声も届いているようで、身の危険を察知した男は銃を上げた。
向いた銃口をかわすでもなく、カナは右手に握られた日本刀の刃先を微かに動かした。
彼女が携えるそれに見覚えのあるタケヒロは、寒気を覚える。
(あれは……風月!?)
 己で風を生み出す唯一無二の刀。
その力を誰よりも知っているのは自分だと、タケヒロは自負している。
「伏せろっ!!」
 叫びが届く前に、トリガーにかけた指が動く前に、 左腕をすり抜けた風は再度舞い戻った。
「痛っ!!…シャレ、に……なって…ねぇ」
 散る鮮血を見下ろしたまま、LEVは落とした銃の変わりに地を掴む。
一文字に切り裂かれた背は、燃えるような感覚がする。
片手で支えた体は、赤い染みが広がるにつれ力を失っていった。
同色の髪が流れ出した体液に浸かっていく。
「あはは!ありゃ背骨イッてるな。やっぱ荷が重かったみたいだねLE。
 さーて、次は生身の腕がいい?それとも頭?
 メタルのエグイ心臓を曝け出されないと分かんないかなあ?」
 ミノルは大人じみた視線をタケヒロに投げかける。
画面の向こうでは、白いコートの女が日本刀を倒れた男にかざしていた。
「ヘタに動けば彼女の首も飛ぶよ。ボクの一声でね」
「………」
 右手に握られていた日本刀が宙に浮き、それから床に沈黙した。
「よく出来ました。ぱちぱちぱち」
 少年は笑みを浮かべたまま手を叩き、玉座から立ち上がった。
高価な絨毯の上で、艶かしい光を放つ刃に褐色の手が伸びる。
ミノルはにっこりと微笑むと、拾い上げた日本刀をタケヒロのわき腹に突き立てた。
「はい、ご褒美!」
「っ……!」
 黒いコートに吸い込まれた白刃に赤い血が滴った。
体を強張らせたタケヒロは、苦痛に顔を歪せ片膝を落とす。
それでもしっかりと敵を睨み付けている姿勢からは、意思の強さが感じられた。
「声1つ上げないとは、カッコイイね。……ボクが殺しちゃ勿体無いよね?」
 白っぽい髪の間から覗かせる瞳は、無邪気に細められていた。
水鏡から黒髪の白いコートの女性が姿を現した。
細身の腕でツナギの男を引きずって。
「……せっかくだし彼女に殺されなよ」
 舞い降りた女神をミノルは優しく迎えた。
「……カナ」
「ミノル!ふざけるのもいい加減に!」
 切羽詰った声を上げる仰に、ミノルはかざした掌から勢いよく水の塊を放つ。
動じず、それが腕に絡まり、枷に姿を変えていくのを窺っている仰。
「避けてもいいんだよ?」
「……ここで誰かを見捨てたら、彼女は一生会ってくれないですからね」
 それだけ囁くと、鉄球の形をした枷のオプションに引きずられるように、 仰は床に平伏した。
「それ、生命力吸い取るから。
 今の仰ちゃんには十分だよね?しんどかったら戻れば?」
「…死んでも、お断りですよ」
 呼吸を止める程の消失感に汗が噴出す。
それよりも強い、内から目覚める力を抑えるため、仰は歯牙を噛んだ。
「……バル、私すっごいハラ立ってるんですけど」
「奇遇だねえ、僕もだよ」
 面と向かった少年同士が視線をぶつける。
頭上でカストが小声で宣言した。
「私、あいつ許せない」
「……OK。その案乗りましょ」
 自分から飛び降りる液体を、バルは解説付きで右手に握る。
「さーあっ、振りかぶってぇ、第1球!投げましたぁーっ!!!」
ゴッ……!
 まさかり投法(古!)で投げられた液体は見事にミノルの顔面を捕らえた。
誰よりも早くツッコンだのは仰だった。
「ソレが狙われてるんですってば!」
 ソレと矢印に指された液体は撥ね返って、仰の前に戻った。
ファイティングポーズをとる液体の裏で、仰は違和感を覚えた。
スキをついた素早い少年の姿は、ミノル眼下から消えていた。
むしろ眼中に無かったといえる。この時は。
 昔を思い出す。
修行として刃を向け合ったこともあった。
でも殺気を込めたことは無かった。
 タケヒロは両膝をついて握っている日本刀を床つけた。
視線だけを上に向けて、前に立つエバーグリーンの双眸を見つめていた。
「……カナ、俺にお前は殺せない」
 実力的に言ったのかどうか分からないが、 タケヒロは振り上げられた刃に行動を起こさなかった。
次の間、少年大の影が前に飛びこみ状況は変わる。
「お邪魔しまっす☆」
「バル……っ!」
 風を巻く刃先は空を切り、落ちる。
「ヤメろ、カナっ!……こいつはっ!!!」
 背後で絶叫を聞きながら、性能の高い目は風が止むのを感じた。
「………」
 無言のままの表情はわずかに翳りを帯びる。
見た目にはそれだけの変化だったが、カナはバルの寸前で刀を停止させていた。
(感情を操られていても、覚えているのか?)
安堵感を浮かべるタケヒロを、ミノルは一言で急変させた。
「所詮、人形は人形か……使えないコマ」
 つかれたため息に黒いコートは殺気を甦らせる。
タケヒロが踵を返すより先に、横を銃声は掠めた。
白い髪の後頭部を狙った弾丸は、水のベールに阻まれる。
「……生きてたか」
「…死んだ兄貴に、会ってきたけどな」
「臨死体験じゃん」
 ミノルは右手だけで拳銃を構える男を見て、口元を歪めた。
「しぶといねー。さっすがLEのラスト・ワン。
 兄と姉、それに母親手にかけて生き残っただけあるよ」
 言葉を詰まらせるLEVの変わりに、警報が鳴り響く。
ビーッ!ビーッ!
「エクストラがマシン兵を率いてくるな。
 ドアはロックしてるから平気だけど、彼女まで来たらマズイなあ。
 遊びは終わりにしようっと」
 褐色の少年は両手を広げる。
「仰ちゃん、ボクの目的は何でしょう?」
「カストの誘拐って訳でもなさそうですね。
 それならさっき出来てますからねえ」
「当らずとも遠からずってトコかな。
 ボクはセイレーンに目覚めてほしいだけだよ」
 微笑を浮かべるミノルに、仰は戦慄を覚える。
ミノルは両手の指先のみで大量の水が湧き上がらせた。
「わーっ!溺れるって!」
「……ストップ」
 慌てるバル、仰、タケヒロ、LEVの眼前で、水は声により動かなくなった。
「ウォータの名の元において、本来の姿に戻れ」
 カストの命令に従い、水流は消える。
自分を超える力に、何故かうれしそうなミノル。
「やっと覚醒したね、カストロール」
「ミノルさん、これ以上は……」
「そうだね、カナ!」
 呼ばれた女はタン、とバルとタケヒロを飛び越えた。
ミノルの傍で振るった刀は液体固形物を半分に割った。
「きゃん!」
「フリーズ」
 ミノルは分かれた顔の無い方を凍らす。
「これで彼女の欠片は揃った。もうすぐだよセイレーン」
 恍惚な表情で見上げた先には水色の人魚姫がいた。
「それじゃ」
「ちょっと待ったぁーっ!」
 ねるとんばりの声と共に、吹っ飛んで粉々になる重厚な扉の残骸。
蹴り出した足を下ろす看護婦と、マシンガンを持つ白衣の女性達は中に進入する。
後ろには数十機のマシン兵。
「遅いご登場だね。もう用件はすんだよ」
「そう簡単に帰れると思ってんの?裏切り者」
「ヒドイ言われようだなー。キミの兵器は動けないよ?」
「最初から期待してない」
 マシンガンの引き金に指をかける。
「仰ちゃーん」
「はいっ!」
 ものすごい元気になる仰ちゃんに、スウは笑顔を見せて、 親指で自分の首を切るジェスチャーを行う。
「殺って(やって)いいよ」
 スウさんの一言に、仰はキャピーンと両目を輝かせる。
「了解しました!」
 握り締めた拳から光を発すると仰は水の枷を断ち切った。
飛び起きざまに懐から取り出したカードをミノルに放つ。
タロットのカードは液体のガードを突き破ったが、傍らの剣士に切り伏せられた。
「…仰ちゃんを相手にする気はなーいよ。バイバイ」
 可愛い笑顔で水に溶けていく少年と女性。
ミノルの首に守るように腕を巻きつけるカナを、 タケヒロはただ見送ることしか出来ずにいた。
「ちっ、逃がしたか。……誰か担架もってこーい」
 ララは助手に声をかけると、タケヒロが強引に日本刀を引き抜いた傷口に止血を施す。
仰とスウとカストだけを残し、全員は玉座を後にした。
「うーん、中途半端に戻ったらどうしましょうかねぇ?」
「半端ってなるのっ?どうなるのっ!?」
「右半分とか?それはそれでおもしろそう」
 マイペースなスウさんに微笑みを浮かべる仰の体は、 全身が眩いばかりの金色に輝いていた。
ちょっとドキドキなカストとスウさんの目の前で、仰は体を異質に変化させていった。
比例して、彼から発せられる力は威力を増し、背に凝縮していった。
カッ!(何か光ってます!)
 一瞬の爆発的な光は、辺りを包むと消滅した。
目をしぱしぱさせる液体固形物が見たものとは?
「仰ちゃん!何か生えてるよっっっ!!!」
 驚愕するカストをよそに空中浮遊を楽しむ人がいました。










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次ー!



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