± +α1−7
SUB TITLE  でっかい蛙と末広がり。

 コートに身を包む女は、静かに赤い水溜りに沈んでいた。白いコートも長い黒髪さえも紅に染め、今し方まで愛しき者だった塊を抱いて……。

「これが悪夢だったら良かったね」

 かけられた声に首は無意識に廻った。くぐもったグリーン・アイズの写したものは、差し伸べられた小さな褐色の手だった。


「セイレーンを封印したセカンドは、どんな気持ちだったのかな?自分を生み出してくれた者の眠り?それとも身を脅かす化物の死?どちらを望めば、氷結なんて辛い処遇にアナタを落とせるのかな」

 蒼い煌きは目の前で語る少年の闇を浮き彫りにするように、その発光を土の肌に刻んでいった。少年の足元には大量の水が溜まっている。だが、沈むことなく見下ろしている泉の底には、少年の心と呼び合う人魚が横たわっていた。彼女を戒めていた氷は融け、下へ下へと流れて地を窪ませた。氷は泉へと変わってく過程で、支えを失ったマーメイドを底へと誘ってしまった。
 水面下で揺れる水色の髪と、水の中でだけ有り得る鱗に覆われた下半身は、自由を取り戻したのかに見えた。

「あらら、ちょっと見ない内に地形が変わっちゃいましたねー」
「………!」
「彼女は封印を願いましたよ。国と自身を思って」

 洞窟内を蹂躙する金の声に、ミノルは傾けていた上体を起した。途中、「知っているよ」と動いた唇は、悲しげに水に投影された。

「遅い到着だね。間に合わないよ」
「やってみてから、考えます!」
「ところで、カストロールはドコに行ったの?……案外、無色になって壁を這いながら僕に近づこうとしてたり……」
「ぎくっ!」
「あはは!見〜っけ☆」

 ミノルは背後の汗をかいた壁に手を伸ばした。吸い取られるように岩壁の一部は剥がれ、色を変える。捕えた水色のゼリーをお手玉するミノルを、仰は無言で見下ろした。泉に浮かぶ少年の周りには無数の光源が浮かんでいる。1センチ程の飛礫が100リットルもの水を圧縮して作られている、と瞬時に判断した仰は……何もしなかった。
 その男の態度を少年は鼻で笑った。これが号令。水の飛礫は一斉に金髪の占い師を狙った。

「自分の血を見るのは久しぶり?」
「いいえ、……初めてですよ」

 縮められた水の弾は、通り過ぎた仰の頬に朱の珠は結ばせた。仰は指先で赤い体液をすくい取り、染みを作る指を握る込むと、次に開かれた掌にはタロットカード一式が手品のように置かれていた。
 風もなく、重力に引かれるでもないのに、78枚のカードは自然にバラ巻かれた。ぴったりと空中に停止し、敵の視界を遮っているが、当のミノルは涼しい表情をしている。可愛らい笑みは、褐色の少年にこの上なく凶悪にさせていた。

「あ、そうだ!」

 思い出したように、ミノルは手を叩く。音はしない。液体が手の間に挟まれている。

「知らせちゃった☆」
「……何を?」

 すっ、と爪だけ異様に白い人差し指を立てて、

「たった一言、金の羽根の在り処をね。今ごろ上は大変じゃない?荒っぽい奴も多いと聞く。僕を止めたとしても国が壊滅していたら意味無いね。フフフ」
「……なるほど、効果的な嫌がらせですねぇ」

 仰は正の感情を一切捨てた目で、ミノルを射抜いた。最高と称賛される種族は、人化した時共通して金目であるという。太陽の様に暖かく月の様に静かな瞳を、殺気とはこれ程までに冷厳とする。
 臨界点の脳裏には上の教会にいる者達と、今頃店の掃除をしているであろう少女の姿が過ぎっていた。
 

 荘厳な木の扉がバラバラになる。
 吹っ飛んでくる破片に紛れて体勢を整えるツナギ姿を、タケヒロは確認した。

「ノックぐらい出来ないのか?」
「出来るか!オメーもいきなり放り投げられてみろ!」
「いらん客まで連れてきて……」
「言っておくがオレの客じゃねーぜ」
「見れば分かるさ」

 会話はしているが、共に向き合っていない。視線は1箇所に固定されている。タケヒロは折れている刀を拾った。

「其処奴邪魔(ソコのヤツジャマだった)」
「コンニチハ」

 無い扉を潜った者達に、戦闘員は空気を変えた。オレンジとライトグリーンの髪の長身2人からは、只ならぬ殺気が感じられた。そしてその金色の瞳に、仲間の面影が重なる。


 仰は珍しいぐらい大声でカストの名を呼んだ。そして怒りで握り締めていた拳を、囚われている液体固形物に向け、親指を突き出す。

「Good luck!」
「仰ちゃんっ!?…うっそぉぉぉぉおおぉぉおーっ!!」

 後は任せた!と、踵を返す仰に、カストは驚愕する。シャレになってません。意識を切らしたカードは落下を始め、木の葉のように水面に波紋を作った。


 女がか細い腕を上げる。二人とも頭髪と同色の色で誂えた衣装を着ている。ベールのようにひらひら揺れる長い裾は、魔術師をイメージしているのかもしれない。
女は1ミリだけ指先を曲げた。同時にタケヒロとLEVは祭壇の壁まで追われた。体を押し付ける力が風圧と分かるヒマもあたえず、男も隣の女にならい肩まで手の平を持ち上げる。

「アノ方ハ、下デスカ?」
「………」
「無視?怒……消滅(ムシ?ムカツク。消えてなくなれ)」

 男の手から灼熱の炎が迸る。下の床までも焦がす高温の火炎は、標的を全て飲み込んだ。女はうやうやしく一礼する。LEVとタケヒロを炎が包む瞬間、床からの光を目撃していた。
 ザッ、と炎を素手で切り裂き、現れたのは金髪の占い師。

「弱い者虐めは感心できませんねぇ」
「……随分とオイシイ登場の仕方だな」
「つーか誰が弱いだっ」
「元気ですねー。刀は折れて気力体力共に限界で、メインモニター飛んで照準狂ってる奴等とは思えないくらいですよー」
「うるせーよ」
「お前が来たからには、休ませてくれるのだろう?」
「ご期待に沿えるよう、善処致します」

 スローモーションで丸いレンズの眼鏡は床に落ちた。オーラとでも言うのか、仰の体に金色の光が纏わりついている。その周囲の空気よりも神々しい瞳は、今、開かれた。


「カスト、昨日のご飯は?」

 水色の岩肌に木霊する声は穏やかではないが、液体固形物はその手の上で、杖を持ったしわしわの顔で答えた。

「メシはまだかえ?」
「………」

 ミノルは無言で水色のゼリーを手放した。
 ポニョーンと撥ねてから転がったカストは、体がずぶずぶと泥沼にハマるように沈んでいくのに気づいた。

「はわわわわ!吸収さーれてるーっ!!」
「君が性格だと思っている、忘れっぽい癖はセイレーンがくれたんだよ」
「きゃーっ!私!泳げタイヤキくーん!(錯乱?)」
「彼女は最高種族に匹敵する力を持って生まれたけど、代わりに忘却の機能を払っていた。滅びることのできない体と、忘れることの出来ない心は……ゆっくりと崩壊していったんだ。注ぎすぎた水がグラスから溢れるようにね。知ってると思うけど、自我を失った水の魔物の運命は1つ。形状を保てなくなり、魔力に比例した量の液体に変わる。セイレーンは海1つくらいかな」

 セイレーン封印の理由は、この国が水没しないための手段だった。
 そうだった、とやっと思い出したカストだったが、半分以上も泉に埋もれていた。

 ボッチャーン!!


「水かよ!ちみたいじゃーんっ!!」

 派手な水音の刹那、水面から顔をだした少年は独特の耳の頭に、沈みかけていた液体固形物を乗せていた。
 元々丸い目をさらに完璧な円にするカストは、確かめるようにネタをやり直した。

「……メシはまだかえ?」
「さっき食べたでしょ?おじいちゃん……ってボケ老人かいっ!!」
「わーい!バルだーっ!!!」
「ツッコミで僕だと判断するんかーいっ!!」

 それなりに静寂だった洞窟は、一転して吉本の劇場へと変わって行った。










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