± +α1−6
SUB TITLE  回答、ヴァイス・クロイツ (Weiβ kreuz)

 対比した二色の同じコートは向かい合ったまま、その距離を縮めることも離すこともなかった。嫌な緊張感の中、仰は後ろから声をかけた。

「タケヒロ、祭壇の下に隠し通路があります。そこから地下へ降りれば封印はすぐです。どうしますか?」
「……俺が逃げれば、恐らく彼女の首が飛ぶ。お前なら出来るか?」
「無理ですね」(即答)
「あのクソガキの望む絵は俺とカナの対決。人質に取られなかっただけ良しとするしかないな」
「分かりました。それでは彼女を退かして下さい」
「……退かす?」
「はい。通路は、祭壇の下、なんです」

 穏やかな表情で仰の指差すものは、白き死神の立っている場所だった。

「やっぱり、彼女ごと吹っ飛ばす訳にはいかないですよね?」
「お前、本当にスウさん以外眼中にないな」
「よっしゃ!ここは僕にお任せ〜!」

 横からぴょこっと現れたのは、水色の犬をつれた少年。たぶんこの時点でネタバレしている。弱々しい足取りで彼女の前まで進み、パタンと倒れた。教会→犬→とくれば、

「パト〇ッシュ……僕もう疲れ…」

 サクッ!
 言い終わる前に、水色の犬は脳天から日本刀で串刺しにされた。カエル君並の厳しいツッコミを受けて、悲しく鳴く犬。

「きゃいん、きゃいんっ!」
「パ〇ラッシュがーっ!!!!!」
「さっさと帰って来いっ!」

 キレる剣士の前で、無機質な碧の瞳は感情の揺らぎすら見せず、もう1本の刀を背から抜く。静寂そのものの双眸を漆黒の睫が隠した。今ここで、目を伏せる意味などないのに。
キィイイン!
 不意の瞬きは一瞬の隙となった。一気に跳躍し、間合いを詰めたタケヒロの刃と、抜刀された刃は重なり合い、激しい金属音を響かせた。衝撃は空気を伝い四方に流れて、床に亀裂を生んだ。女性の足元が大きく沈む。
 カナは後方に下がり、十字架を蹴って黒いコートを飛び越す。下に落ちるよる先に、液体固形物に刺さっていた日本刀を抜き、昔の弟子の切っ先をかい潜ったのは、さすがだろう。

「仰、いっきまーす!」

 木材を使用した祭壇の床には、下へ続く階段が死の世界へと誘うように、暗く口を開けていた。その中へ、チャイナ服は踊るように吸い込まれる。金の占い師の気配が完全に消えると、待っていたかのように蹴られた十字架は落ち、横線を引っかけて蓋の役目を果たした。(刺さってるとも言う)動物の耳の少年はあることを思い出す。穴の開いた範囲は、水色の液体がいた場所と被っていた。
 
「ありゃ、カストも落ちちゃった」
「事故だな。道連れじゃないからいいだろう」
「てゆーか、カストって僕の武器じゃん?」
「……とりあえず隠れてろ」
「へーい!」

 ちま、とイスの影に納まる少年を横目に、タケヒロは二刀流の敵に向け、日本刀を肩に乗せた。生き延びて来た暗殺者としての感覚は、手加減してどうにかなる相手ではないと判断している。それを教えた女性への思いもあったのかもしれない。


 濃い闇の世界、最後の段差を下りた仰は、肩を這う液体を見下ろした。岩壁をくり貫いたような洞窟の中だが、ぼんやりと明るいのはこの液体固形物のおかげらしい。セイレーンの目覚めと呼応して力は否応なしに増しているのに、本人の自覚が全くないのは昨日のことも忘れる性格なのだろう。

「そんな君が好きですけどね……」
「さりげないフォロー、嬉しいわ!カスト、泣いちゃう☆」
「わおーん!」(これは鳴き)
「いやん、ボケ殺し」

 ツッコミのいないまま、進み行く先には蒼い光の海が待ち受けていた。ユラユラ、ユラユラと。


 ヒューヒューと風は歌う。黒髪の女は構えさえとらず、両手に抜いた白刃を無防備に下に向けていたが、右の方から旋風を作り上げていた。コートの裾を白い翼のように羽ばたかせる風は、竜巻に近い勢いを増して行った。

「強風波浪注意報が出ております!すごい風です!わーっ!」

 台風レポートの少年を他所に、竜巻は教会の隅々まで広がった。通常、竜巻は物を浮き上がらせるが、設置されたイスや絨毯は動いていない。巻く余波はすぐさま収まっていた。変わりに幾重もの切り口を部屋中に滑らせていった。本領発揮といった所か。
 白い壁に爪痕を刻みながら、見えない刃は男を襲う。タケヒロは柄を絞り、音を頼りに真空刃をぶつけた。方向を曲げた風はそれぞれの敵へと目指す形をとった。左手の日本刀を防御に回し、戻された風を払ったカナに対して、距離のないタケヒロは僅かに体をずらすだけだった。そっと触れた風圧はコートを胸からわき腹にかけて引き裂いた。
 女のしなやかな指が動く。連動して風の名を持つ日本刀は、一度通り越した円弧状の空気を呼び戻した。舞い戻った真空の刃は背後からタケヒロを上下に分断していた。

「………」

 無言でカナは上を見上げる。凡人には理解できない、実体のない空の技の手ごたえは、捉えた物がコートだけだと言っていた。タケヒロはコートを囮に使い、自身は上空へと移動していた。
 ガキィン……!
 全体重を掛けられた鋼を、十字を描く二刀が止めた。2対1という数的な問題ではなく、風月という名刀の処遇で、男の体は難なく後退する。
 間を空けて着地したタケヒロは、うっすらと細めた視界を手元に落とした。携えている日本刀は途中で終わっている。数秒後、高く撥ね上がっていた切っ先が床に転がった。剣士は膝を付き、折れても輝きを損なっていない愛刀を、手袋の先で優しく撫でた。

『……チェックメイト。カナ、一撃で首を落としてあげな。あ、コソコソと隠れている奴も片付けてね。そうしたら後は自由にしていいよ。……これで君の悪夢も終わる』
「うわっ、ばれてる!」
「……悪夢を見させているのは貴様だろうっ」

 どこからか見ている地下の人物へ、タケヒロは怒りを込めて言った。

「貴様さえいなければカナは……っ!」
『無知な剣士くん、前に言ったよね?勝手についてきたんだと。コマにしているけど、カナには何の術もかけてまっせーん。……彼女の身に降りかかった厄災も知らずに、軽々しく名を語るな』

 最後にぷつんとスピーカーのスイッチを切る音がした。それ以上、一切の反応は無かった。

「タケヒロ、詳しい事情は後で聞けばいいんじゃない?本人に」
「……そうだな」

 隠れ場所を移動しながら、少年は不敵な笑みを見せた。男は答えるように折れた刃を手に取ると、元は1本の日本刀を頭上でクロスさせ、思い切り振り下ろした。まっすぐに女性を狙う空気の波は、タケヒロの師だけが使えたダブルのエアブレードだった。
 倍の速度を誇る2つの風刃は、持ち主を護る風月に噛み付いた。独自の風圧で抵抗する日本刀は、己の力で敗れることとなった。衝突した圧力に耐え切れず、風の月はカナの手から弾かれた。
 
「バル!」
「ヘイヘイホー!」

 与作調(サブちゃん)の軽い返事だが、類を見ない視力は風を纏う日本刀の軌道を読んでいた。長い黒髪が振り向くよりも早く、バルは柄を両手にしていた。そしてジャンプした体勢のまま、味方の剣士に投げ渡した。
 タケヒロは左右の不完全な武器を捨て、昔の所有物を受け取った。懐かしむよう包んだ柄が赤く色付く。躊躇なく握った刃は手袋の内部まで侵入し、鮮血を呼んでいた。
 敵の間合い内に飛び込んだバルは、余裕たっぷりに座っていた。上手くいった作戦内容に満足しているだけではない。カナはもう1本、刀を所持している。にも関わらず、獣人の少年への攻撃&敵意を向けないのは彼女の意思と確信していたからだ。

「敗因はお前がお前でないとこだ」
「………」

 もしカナに通常の意識があったなら、片手で受けずにそっくりなエアブレードを返していただろう。その事を悔やむ素振りさえ見せず、カナは残った一刀を両手で構え、踏み出した。二刀流に慣れ親しんだ剣技は違和感の中で、本来のスピードを殺していた。
 反対に返した風月を、タケヒロは薙ぎ払った。通り過ぎ、床に沈む白い影。舞う羽根の幻覚が見えたのは、教会の仕業だろうか。勝者は彼女の背の鞘に、みね打ちした日本刀を納めると、それ以上触れる事はしなかった。本当の彼女の手からこの刀を返して欲しかったのだろう。

「これってどのくらい寝てるの?」
「………加減、できなかったから何とも……」
「女の子相手に本気だしてる!ププ、言ってやろ♪」
「誰にだ?」
「誰って、全員に決まってるじゃーん!(街中)」
「言いふらすなっ」
「どうしよっかなー?」

 眠っているカナを見下ろして、バルは悪巧みをする。時給800円と考えていた所、1000円ぐらいに交渉できそうな予感をしていた。
 ピチャン……
 水滴の音が、鼓膜を刺激した。現状に液体はない。(カスト含む)バルは天井へ顔を上げる。そこに変化は見受けられなかった。
 ピチャピチャピチャ、
 続く水音にタケヒロも気づく。しかし、その音が床下から伸びてきているとは思いもしなかった。
 一瞬、剣士の目の前を半透明のベールが隠した。咄嗟に腕を伸ばすが、木目から湧き出した水はもう消えていた。タケヒロは呆然とする。少年と白き同郷の女性の姿がどこにもない。後には床を濡らした水の痕跡だけを残していた。


「此処(ここ)?」
「ソウデスネ」

 赤茶けた肌に、オレンジの髪をした長身の男は隣の女性へと体を向けた。いいともの観客のような返事をする女は、新緑の長い髪と透き通るような白い頬を返した。
 それから、共通点である2組みの金目は、輝きを乗せて白い建物を、じっと凝らしていた。











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