± +α1−8
SUB TITLE 鎮魂歌

「あらいぐままままままままま!」
「まんとひひひひひひひひひひ!」
「ひとこぶらくだだだだだだだだ!」
「だっくすふんどどどどどどどど!」
「ど………ど?」
「オチを忘ーすーれーるーなー!」
スパン!と小気味良い音でハリセンが水色の頭に落ちる。
正確には頭ではなく、全身というか、顔だけというか。液体の塊だ。
その正体は、カストロールという実はこの国の王様。

カストは身体全てを揺らして、波打つハリセンの衝撃が収まるのを待った。
このまま喋ると、宇宙人語になるから。それもオモシロイかな?と思ったが、すぐに止めた。
となりでは相方が、どこからか出てきた簡易の机に、ハリセンを打ち付けていた。
ネタは次に進んだ模様。

「はいはい、今日はね、皆さんにね、見て頂きたい物をご用意してきたのですよ。 えー、ここに取り出した何の変哲もない包丁。これが、スゴイ!見ててください」
トントントン。
「ほーら、この液体もこんなにスッパリと切れるんですよー」
「わー、すごいですねーって、私切られてる!」
「ほーらほーら、みじん切りもこんなに簡単」
「きゃー、みじんにさーれーるー!」
「コレだけではないんですよ!なんと!切った液体全てに顔がつく!」
「あーホントだ!」×みじん。
「この金太郎飴自動精製包丁、金ちゃんが!今ならたったの1,980円!どうですか奥さん!」

「誰が奥さんだよ」
宙に浮かんだまま、褐色の少年は冷ややかにツッコんだ。その白い髪は肌の色を強調し、肌は色の無い髪を引き立てている。
青年の心を持った少年は、その瞳を矛盾で象っていた。
裏切りの魔道士、ミノル。

ちまちまになった液体固形物は次の瞬間、1つに戻った。残った大き目のやつが笛を吹いて号令を出していた。まん丸に形を作ってから、相方の少年を見上げた。
焼けた肌の少年と、歳は同じ位の、獣人の男の子。
特徴の動物の耳をぴくぴくと動かしている。ジャパ○ット並の客用サービス笑顔を見せる獣人の少年は、名をバルと言った。

「どうして?」
唇を一度噛んで、ミノルは続ける。
「どうして、君が?」

バルの立つ、最奥の洞窟の内部は水で満たされていた。
頭上に移したカストと同じ色の液体。
首まで溜まった泉の底には、この国の初代国王セイレーンが、永遠とも言う人魚姫の眠りに着いていた。穏やかな寝顔は少女のようで。
目を覚ますだけで、国自体を水没させる力を持っているなどと、誰が信じようか。

沸き立つ水の勢いが増す。
顎まで浸かったバルは、それでも余裕を崩さない。
何故?
ミノルは焦燥する。頼みの綱の彼らはココにはいない。

「君をここに寄越したのは仰ちゃん?」
「うーん、どうでしょう?」
「だろうね、カストでもない……誰が?」
「いい加減、認めたら?みっともないじゃん。嫉妬ってさ」

濃い皮膚と合判する瞳に、炎が点った。

「呼んだのは、セイレーンでしょ? アンタとカスト以外で、水の中に移動させられるってヤツは他にいないじゃん」

とバルは告げる。本当のところ、分かっているのかどうか。
気がついたら、ここに居たのは事実。
ただ高性能の視力は、魔法使いの内面まで見抜いていた。揺らぎに着け込めと、1人で生き抜いて来た本能は打ち出していた。

「君が来ても、どうしようもないのに?」

その通り。ミノルは正しい。
バルには、銃の力も剣の腕も、ましてや金の光さえも持っていない。
カストの父、セカンドを身に宿し、水の加護を得ている少年の動揺を見受けても、煽る意味はない。逆効果だ。
バルは笑った。
子供らしい笑みだった。
悪戯を思い付いた最強のそれは、褐色の少年とは比べ物にならない程、本物の笑顔。

「僕は何もしなくていいんだよん。ただ、拾うだけで、ね」

小さな手が、水の下で動く。
バルは目の前に漂っていたカードを1枚、掬い上げた。
それは、水面に無数に浮かぶ、金の占い師の置き土産だった。

「タロットを使う?無理だ。それは仰だからこそ、使えた代物。なんの力もない君が、操れる物じゃない!」

自然に、ミノルは声を荒げた。威力は十分知っている。
鉄さえ切り裂き、引いた能力を現実にするカードは、彼だからこそ、あの最高種の青年だからこと、成り得る奇跡なのだ。使えるわけがない。
わけがないのに、目の前の獣人の子は、一片の疑いも見せない。

「僕が使うわけじゃないんだ。……カスト!」

裏返しだったカードを、バルは翻す。
それはあの日、5人が出会った場所で、仰がかざした同じ絵柄だった。
頭上から液体が勢い良く飛び上がった。下には、吸収を余儀なくされるセイレーンその物の、死の泉が広がっている。あんぐりと開けたカストの口に、バルはカードを放り込んだ。
世界を記すカードを!

待ちうける水に、音を立てて落ちる液体固形物。
ミノルは凶悪に口元を綻ばせ、バルも表情を変えない。
その中、

ドクン!

水色の液体のなだらかな輪郭が崩れる。
膨れる。
瞬きの間に、バルとカストが沈んでいた水が消える。
乾いた地面に、ぼよよ〜んと弾む水色のクッション。バルはその上に座っていた。
ザ・ワールドのカードは消えて、変わりに横たわっていた人魚が、クッションの内部に漂っている。

セイレーンを、取りこんだ!?

土肌の面持ちが、驚愕に歪んだ。それだけではなかった。
メリメリと裂ける音が、自分の内から聞こえていた。
褐色の悲鳴が、洞窟を蹂躙した。


突然の地響きに、3人は同時に動く。
壊れた教会の入り口をくぐり、外から振り返れば、下からの爆発。
金髪の青年は、引き摺っていた新緑と夕日の髪色をした同族を転がし、静かに言った。

「悪党の常套手段、ですかねぇ?」

小春日和の口調で、言う台詞じゃないし、その状況でもない。
傍らの赤毛と、黒いコートの男は首を上に傾けて、口を開いた。

「HAHA、怪人じゃ、ねえんだからさ……」
「なぜ巨大化する必要がある?」

視線の先には、水色の液体が潰した教会の上に鎮座していた。得意げな表情で。


岩壁が崩れ行く洞窟は、破滅の道を辿っていた。
バルは、その壁を攀じ登り、上へと続く道から見詰めていた。今下にいるのは、子供にまで回帰したあの魔法使い。
立ち位置を逆にして、対峙する2つの影。褐色の少年は仰向けに倒れていた。心臓に埋めていた石は強引に剥され、鮮血を称えている。ミノルは動かなかった。
鼓動が鼓膜を揺らすから、生きているとバルには分かっている。けれど、死んだように見えていた。虚ろな目はただ開いているだけだ。ミノルは、元セカンドの護衛だった。仕える王を裏切り国を捨て、幼年にまで身体を縮めて、望んだものは彼女の目覚めだけ。
薄い唇は形を綴った。声は無い。刷れる音が、バルの耳に入った。

君ニ、笑ッテホシカッタ。

ミノルの告白は、届かない。人魚姫は童話を准え、泡となって消えてしまったのだから。

ドンッ!!
頭上の天井が揺れて、瓦礫が降り注ぐ。バルは伏せて衝撃をこらえ様とした。小さな少年を埋め尽くす勢いの岩石は、寸前で粉々の砂に変わった。
優しい、風が流れる。蹲る茶色の頭を撫でるのは指先。
この手を知っている?
バルは顔を上げた。

「大丈夫?」

春風のような、暖かなグリーンアイズがそこにあった。
緩いウェーブのかかった長い髪、白い羽のようなコートはタケヒロと同じ形。
死神と呼ばれてきた女性は、誰よりも美しい色の瞳をしていた。

「うん、ありが、とう」
「フフ、どういたしまして!」
「えっと、カナさん?」
「は〜い!なんでしょう?」

テンションの高い声、場違いに響くけれど。
バルは声が出なかった。何を聞こうと?何を話そうと?分からず、無言になった。
彼女は立ち上がる。引きとめようと、バルは視線で縋った。

「ココ、危ないから。ね?もう帰りなさい」
「アナタは?一緒に行こうよ!タケだって!」
「うん。知ってる。けど、ごめんね。……ああ、コレを頼んでもいい?」

背中の1本の日本刀を、鞘ごとバルに手渡す。
ずっしりと、手の中で重さが沈む。これを2本、彼女の細い双肩が支えていたとは考えられなくて、美しい天使のような死神が、どれだけの苦難を歩いてきたのか想像もできなくて、バルはただ、最大限の応えを返した。

「任せてよ。絶対に、渡すから」
「ヨロシク」

それだけで、2人の会合は幕を下ろした。背を向けて走る少年に、カナは囁く。

「元気でね」

風が舞った。


何も写さない世界に、白い羽ばたきが聞こえた。

「呼んでないよ」
「……そうね」
「記憶、戻ったんだ」
「ん……」
「恨めばいい。僕は……私は、君に家族同然の人を殺させた」
「本当の、家族も私は殺してる」
「真っ白になった君を、人形にした」
「そうね」
「行って良いよ。好きなところへ。自由にすればいい」

風のようにね。

微笑んだのか、口角が持ち上がっている少年。胸から流れる血は止まっていない。

「あの時、言ったのはアナタじゃない」
「………」
「一緒に来こないかと、私に言ったわ。だから、私は今、ここに居るの」

血の中で苦しむ自分を、拾い上げたのはこの少年で、この男。
カナはミノルの横に膝を折る。これまでと同じように側で、傍らを守って。
彼女を連れてきたのがセイレーンだとすれば、眠れる人魚姫は、どんな気持ちだったのだろう?
自分が作り上げた国を壊そうとする輩を、潰さずに救いの手を送る。自分の身の自由を望んだ者への、愛情だったと言うのか。

もう風を生む剣も、水を操る宝石も携えていない2人へと、瓦礫は花弁のように振り続けた。宝はいらないという者達へ、ささやかな旅立ちを祝うように。

カナとミノルは、闇に沈み行く船に、共に残ったのだ。


巨大な液体固形物は、大きくなった顔で、特大の汗をかいていた。

「どうしよう?」
「知るか!テメエでナントかしやがれ!」
「ひっどーい!たーすけてえええ!ラジャに入れないわー!」
「問題はソコかよ!」

液体と言い合う赤毛の兵器、LEVを放っておいて、タケヒロは仰を半身で振り向いた。金髪の占い師はいつもの穏やかな笑みで、生えてきた背中の羽の手入れをしていた。力に呼応して本来の姿になるらしい。あれだけの力で、これだけの進行と考えると、実力を考えれば背筋が寒くなる。世界を破壊できるというのも、強ち伝説ではない。
その問題は一旦置いておいて、当初の方をタケヒロは口にした。

「……どうしてああなる?」
「あー、多分バルがカードを使ったのでしょう」
「使えるのか?」
「バルなら、ね。彼は特別ですから」
「どういう事だ?」
「属性って知ってます?エレメンタルの影響を」
「それぞれが個々に持つ力の偏りだ。俺は風というふうに」
「そうです。LEVは火、カストは水、私ですら属性を持っています(仰の属は特別の光)ですが、バルの存在は微妙でして。こう、絶妙のバランスで、中心にいるのですよ」
「中心?」
「ええ。全ての属性の交点に居るのです」
「……無属性……だと、言うのか?」
「1000億分の1の確立で生まれてくる、属性なしの子供、それがバルです」

それは混沌の世の中に落ち込み、人とモンスターの境が薄くなった今日、その世界の申し子と言える存在だった。全てに通じ、全てを飲みこむ、最高種さえ持たない、何にも縛られない。

「それを解けるも、また1人ですねぇ」

仰は穏やかな金の木漏れ日を、巨大化したカストに向けた。


後ろが壁になっていく。走りながら、息を切らして、一筋の明りが眼に飛び込んだ。呼ぶ声が聞こえる。男の声。光りが大きく広がった。
赤と黒と金。3色の影にバルは叫んだ。

「誰か助けに来てもいいじゃん!」
「そうだよなー、薄情なんだよなータケヒロは」
「後は任せても良いと言ったのは誰だ?仰」
「仕事ですよね?ちゃんとしてください、LEV」
「なすり合うな!僕子供だよ!任せるなーっ!」

溜まった鬱憤を吐き出す獣人の少年に、大人3人は1点を指差し、言う。

「ついでにアレも片付けろ」×3
「鬼ぃぃぃぃぃーっ!」


ラジャリーネの看板を抜ければ、メイド姿の可愛らしい少女が迎える。
お決まりのカウンターで、お決まりの面々。その中に混じり、赤茶けた青年はカウンターの机に項垂れた。
ラジャの厨房からは、言い知れぬ笑いなのか悲鳴なのか呪文なのか、が聞こえていた。
巨大な鍋に、杖を入れ、掻き混ぜている薄い黄緑の仲間に、溜息を送る。

2時間ほど前、竜族の威厳にかけて、掟破りの金のドラゴンを捕まえにきた彼らは、あっさりと返り討ちにあった。目が覚めれば、外で寝ており、教会は跡形も無く吹っ飛んでいた。5人?に囲まれている状況にさすがに圧倒された。

「あの〜、見逃してくれませんかね?」
「決定不変!死又去!(決定は変えられない。死か、去るしかない)」
「うーん、ヤですね」
「掟ハ、オキテ、デス。従ッテ頂キマセント」
「だから、ヤです」

仰は絶対に譲らない。命に代えても連れ戻せと命令を受けている彼らも、引き下がれない。ふと、女性の瞳がバルの頭上を捉える。そこには初代、二代目国王を取りこんで、力を取り戻した液体固形物が、なんら変わりなく乗っかっていた。

「丸イ!」
「はい?」
「スッゴイ、円デス!」

がし!とカストを掴み、かいぐりかいぐりと捏ねる、風の竜の化身は、怖いぐらい綻んだ表情をしていた。

「駄目。彼女円形趣味。(ダメだこりゃ。コイツ、丸いものフェチなんで)」

諦めの瞬間は唐突に訪れたらしい。


ラジャリーネの厨房の鍋の中には、緑色の液体がぼこぼこと泡を立てていた。よくよく見れば、水色の顔が一緒に回されていた。

「仰ちゃん、カストは何してんの?」
「竜は割合に黒魔術好きなんです。彼女もそうですね」
「だから?」
「煮られてるんですねー」
「ふーん」
「納得しないで助けて欲しいわ!」

巨大化しても、元に戻った液体は、これからの我が身を心配した。それほど彼女の嬉々とした顔は怖かったらしい。

「イヤー!溶かして四角い箱には詰めないでーっ!!!」

四角い箱に、液体を詰めて育てると、四角い液体になるそうで、カストは何よりそれを恐怖しているらしい。

「大丈夫だよー!その人丸フェチらしいし!」
「つーか、スイカかよ」
「あはは!面白いじゃん!今度詰めてみよっか!」
「出来たら色でも塗ってやれ」
「海に行って目隠しして、棒を持って……」
「割らないでぇえええぇっ!」

平和な店内に、スウさんは変わりなく働いていた。
ふと、思い出したように、バルは背中に括りつけていた日本刀をテーブルに置いた。それが何か、気付いていたタケヒロは、今まで何も言わずにいた。

「タケー」
「……ああ」

それは彼女との、約束の形で、風を生む唯一無二の宝刀だ。

「100万円!」
「は?」

全員が目を丸くする。バルはニヤっとして、

「だってタダで返せとは、言われてないもん」
「………」
「ターケちゃん!お金チョーダイ!」
「……いいだろう、そこに直れ」

バキバキと拳をならすタケヒロは、たぶん北斗神拳ぐらい使えるだろう。

「バル、諦めた方がいいと思いますよ」
「おう、無理だ。やめとけ」
「ええー!」
「諦めて☆」
「君は自分の身を案じてろ!」

煮られ続ける鍋の中につっこみ、バルは泣く泣く金額を下げた。それは0になるまで、交渉はされた。


背負うもの、無くしたもの、影を引き摺りながら、各々前に進む。
今も昔も、そしてこれからも。
先に得るものが、皆で笑い合える物であることを、
せめて、+(プラス)と−(マイナス)の間で、その均衡が保てることを、せつに願わん。


END




コメント
終わりました。
続き物なのに、途中で停止するという不甲斐ない状況を過ごしてしまい、心からお詫びもうしあげます。

絵を着けてくれた、ぱぴを初め、絵を下さった各皆様と、ここまでお付き合い頂いた方々へ、最高の賛辞と感謝の意を述べます。
無事終了を迎えられたのは、アナタ方のお力です。

彼らにとってこれからが始まりでもあります。±0だから、結局変わりないんです。
カナとミノルは生死不明です。生きていても死んでいても、二人なら大丈夫だと思います。

ここで彼らにコメントを送りたいと思います。
仰ちゃん、スウさんと幸せにね。アナタが一番大変だったの!
      性格を壊さずに、予想外の事をさせるのに燃えてどうしようかと。
カスト、最後まで君を飼いたかったよ!生物最高!
    本筋より君のギャクに拘ったのは、内緒にしてくれ。
タケヒロ、最後までかっこよく、風のようにしたかった。
     北斗神拳とガンダムを使いこなしてくれ!
バル、一番の実力者です。ブレインですから。
    出生は私にも謎です。ノリツッコミ万歳☆
LEV、兵器で作り物で、私のなりたかった自分だな。
    がんばってくれたね!死なせずによかったと今思う。
スウさん、ごめんなさい(土下座)コスプレさせて、ゴメンナサイ(笑)

みんな有難う。他にもローやララ、シンゴやLEメンバー、カナにミノル。
大好きです。最後までがんばってくれたのに、お礼しか言えなくて、ご免。
また短編は書くと思います。

ラストになりましたが、この物語をROPSNメンバーに捧げます。

レヴ。
2003.07.26.脱稿。



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