荒廃歌手





荒廃歌手



私は歌手でした。

歌うのが好きで歌手になったものの、生活できるのがやっとというくらいしか稼ぎが ありませんでした。
けれど、この仕事を辞めるつもりはありません。
私は歌うのが大好きでしたから。
たとえ売れなくても、歌えれば良かったのです。

聞いている人がたった一人でもいる限り、私は歌うのです。




長い、長い戦争が終わり、街は見るのも無惨に荒れ果ててました。
いろんなものが壊れ、いろんなものが燃え、いろんなものが消えていきました。
生き残った人々はただ呆然と、何を見るワケでもなく虚空を見つめていました。

失ったものはカタチあるものだけではありませんでした。

戦争に勝った者も、負けた者も被害は大差なく。
お互いが消えない傷跡を残したのです。


荒れ果てた街に乾いた風が砂埃をおこして吹き抜けました。


「……あれ…今なんか聞こえなかったか?」
ある男が隣にいる女性に話しかけました。
女性が耳をすませます。

「………これは……」
それを見た他の生き残った人たちが一斉に耳をすましました。


「歌が聞こえる」
誰かがポツリと呟きました。

乾いた風に乗って微かばかりの歌声が聞こえてきたのです。


それは、とても柔らかくて
心の奥底に染みてきて
なぜだか

涙が出てきました。


彼らは重い腰を上げ、歌声のする方に歩いていきました。
ゆっくりと確実に歌声は近くなり。

「あ!」

誰かが声を上げました。
その人の視線を追って、
「あ!」
誰かが指を指し示しました。

指が指した方向は瓦礫の一番上に向いていました。


そこには…女性が歌っていました。
長い髪を揺らして気持ちよさそうに歌う女性の姿がそこにありました。
その姿は透けていて空中に浮いています。
けれども彼女は歌っていました。
時折姿にノイズが加わっても彼女は歌い続けています。

「ホログラフィ………」
また誰かが呟きました。

彼女は気持ちよさそうに歌い続けます。

ある人がその歌に合わせて歌い始めました。
そしてその場を離れていきます。
それにつられてなのか、他にいた人たちも同じようにして離れていきました。

彼らの顔にはもう先ほどの様な焦燥した表情はどこにもありませんでした。



戦争が起こった国のどこかで歌が聞こえてきました。
それはとても優しい歌で。
荒れ果てた街に響きました。


その国は荒れ果ててしまったけれど、人々の顔には不思議と焦燥感がありませんでした。



私は歌手です。
私は歌が好きだから歌い続けます。

例え、街が荒れ果てて無くなろうとも……









★★★

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